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ムーチー

旧暦の12月8日はムーチーです。
月桃の葉っぱで包んだ餅をヒヌカンや仏壇にお供えして厄払いや健康を願います。
ヒヌカンや仏壇にお供えしない人でも、給食で出たりスーパーで買って食べたりと何かと触れることのあるこのムーチー。沖縄では月桃の葉で包むので、月桃の匂いを嗅ぐと子供でも「ムーチーの匂いだ〜!」なんて言ったりします。
今更というか、今年はもうムーチー終わったけど!のタイミングなんですけど、さらに今回はこのムーチーの行事の中身については割愛します、すいません。
このムーチーの日、旧暦の12月8日と言いましたが、場所によっては1日早い7日に行う地域もあるそうなんです。

僕が相方とやってるラジオの中で「中城はムーチー7日にやるらしい。西原もって話を聞いた」そんな話がありました。
確かに、僕のおばーも中城生まれ中城育ちなんですが、ムーチーは7日にやるって言ってました。ついでにかっちんも(勝連も)7日にやるっておばーが言ってました。
でもおばー曰く「ワッターやガチマヤーなのかね〜(私たちは食いしん坊なのかね)」って理由までは分からないようでした。
そんな話もすっかり忘れて沖縄のマジムン(妖怪)を調べてたら、このムーチーの日が1日早い理由が意外な形で解決!!

ムーチーとマジムン

まず沖縄にはたくさんのマジムンがいるんです。それこそ人がマジムンになったものから動物がマジムンになったもの、物がマジムンになったもの、植物がマジムンになったもの、と様々だ。
その中に、人からマジムンになったと言われている「御茶多理真五郎(ウチャタイマグラー)」と呼ばれる男のマジムンがいました。
このマジムンに伝わる話はこうです。

元々は首里王府に仕える忠義心ある役人だったウチャタイマグラーだったが、謀反の疑いで都を追われ、後年は山道で追い剥ぎのような生活を送るほど落ちぶれ、失意のうちに生涯を終えてしまいました。
そんな彼は、村人たちによって西原にあるお墓に葬られたが、死後、マジムンとしてその姿で表れるようになったというなんとも恩仇な話(笑)

そんな彼、存命中は踊り良し、歌よし、酒よし、相撲よし、そして美食家でかなりの遊び人だったとか。
マジムンになってからも墓から遊びに誘ったり、歌声を村中に響かせたり、近隣をうろついては食べ物に手をつけ腐らせたりするので、村人からは煙たがられていました。

※マジムンが食べ物に触れると生気を吸われ見た目は変わらなくても中身が腐ると言われてます。なので今でも沖縄では重箱とか食べ物を運ぶときは蓋の上にサンを置いて魔除けにします。あれは食べ物をマジムンが触って腐らすのを防ぐためです。

当時、食べ物などを首里まで行きそれを売って生活していた人々、しかし山道でウチャタイマグラーが表れては食べ物を腐らせ、売り物をダメにされては困ってたそうな。しかも結構な頻度で表れたらしい。

そんなあるムーチーの日、家ではムーチーをお供えして厄払いや健康を願ってた時のことです。
どこからともなく表れたウチャタイマグラーが、片っ端からムーチーを腐らせていったのです。
これでは食べるわけにいかなく困った村人は考えました。
「だったら、ウチャタイマグラーが表れる前に行事を済ませてしまおう!」そういうと、翌年からは1日早くムーチーをすることにしました。
すると、その年からウチャタイマグラーは表れなくなり、今でも中城ではその名残で1日早くムーチーをするようになりました。

とまぁこんな話です。

当時中城には首里城を起点に西原の幸地城、中城の新垣城や中城城、そして勝連城までハンタ道というのが通ってました。
言ってみたら国道みたいなもんです。

この国道を通って首里まで向かう途中で、みんなウチャタイマグラーの被害にあってたんじゃないかと。
そんなウチャタイマグラーの噂、もしくは悪さがハンタ道を通って西原、中城、勝連と伝わっていったんじゃないか・・・と。

中城には実際このムーチーの話が残ってましたが西原と勝連はまだ未確認なので、その2つについてはあくまで僕の仮説ですが。

まとめると、マジムンのせいで早まった地域があると言い伝えられてるし、沖縄では他にもこんな感じでマジムンのせいでって話はたくさんあります。
下手すりゃ妖怪ウォッチよりマジムンのせいにしますっていうお話でした。

ただちょい待ち!!
もういっこだけ続きが!

このウチャタイマグラーって、もしかしたら聞いたことある人いない・・?

琉球歴史ドラマ「尚円王」


見た人だったらもしかしたら聞き覚えがあったかもしれないですけど、琉球歴史ドラマ「尚円王」の中に出てくるんです。

僕の事務所の先輩でもある「ヨーガリーまさき」という人が演じた役なんですけど、確かその役名がウチャタイマグラーだったはず。
ウチャタイマグラーは相撲も強いぐらい腕っぷしが強かったはずなのに、美食家だったはずなのに、役を演じたヨーガリーまさきは名前の通りガリッガリです(笑)
尚円王とマグラーの時代が被ってたのかは分かりませんが、この遊び心が面白いですね。

そう考えるともっかい尚円王のドラマを見直すと面白そうだなぁ。



まとめ

正直、僕は歴史がそんなに得意じゃないんです。
だって、昔の人って名前が難しいから覚えきれない(笑)
今の人の名前でも覚えきれなさすぎて子供の頃頭部を中心に虐待受けたんじゃないかって疑われるぐらいだし。
※もちろんそんなことはありません。柱には縛られたけどオカーはそれを認めません(笑)

なので今は自分の興味のある分野、気になったやつを調べてるだけなんですけど、たまに脈絡もなさそうなところが繋がるというか、点と点が線でつながることがあるんです。その感覚がいま最高に気持ちいいですね。

僕は気持ちいいですけど、このブログを見てくれてる方は僕が記事にするやつが歴史から植物から基地の話まであっちこっちいってすいませんね(笑)

かいたひと
ゴリラ勇介

沖縄で「ゴリラコーポレーション」というコンビで芸人をやっています。
普段は漫才やコント、新聞での執筆活動、ラジオで喋るのも聴くのも好きで、ラジオ沖縄では「people wave α」という番組もやりつつ、タイムテーブルでラジオコンシェルジュを執筆しています。RBCiラジオでも「只今いきものんちゅ」という番組をやっています。

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