アマミチューとシルミチュー

沖縄には“琉球開闢“の口承が残る場所がいくつか存在します。
今回はそんな琉球開闢の伝説が残る場所のひとつ、浜比嘉島を紹介!

浜比嘉島は沖縄本島中部、うるま市にあります。
海中道路を渡り平安座島を経由し浜比嘉大橋を渡った所にある周囲7キロほどの小さな島なんですが、ここは島全体がパワースポットと言われるぐらいパワーに満ち溢れた島だそうです。

そんな浜比嘉島の中で、パワースポットとして有名なのが、“アマミチューの墓“と“シルミチュー霊場“

アマミチューの墓

まず浜比嘉大橋を渡り、左に進むと比嘉漁港の手前にアマンジ岩と呼ばれる岩でできた小島が見えてきます。そこが、琉球開闢の始祖と言われている“アマミチューの墓“です。

僕が訪れた時間が朝の6時で人が全くいませんでしたが、お昼とかに行くと観光客らしき人が結構います。

こんな感じで島までコンクリートの道があって目立つので、まず見逃す事はないかと思いますが、ちゃんと看板もあります。

アマミチューが降りたった兼久ビーチ

そして島の南側、比嘉集落を抜けて進んだ先にあるのが兼久ビーチ。
アマミチューはこの兼久ビーチの向かいにある久場島を足がかりに上陸し、近くの鍾乳洞で暮らしたという口承が残っています。


ここが“シルミチュー霊場“と呼ばれ、今でも信仰の場所とされています。(白が飛んで見づらいのは申し訳ない)
もちろんここも重要な場所で、足元に敷き詰められたサンゴ砂利が神聖な場所って事を物語ってます。
何度も言いますが、白が飛んでサンゴ砂利を確認できないのはすいません・・。
これがいちばん見せたかったのに(笑)
沖縄では神聖な場所とされてる所にはこうやってサンゴを敷き詰めていることが多いです。
それは、サンゴ砂利にはその場を清める力があると信じられていたからなんです。

第二尚氏王統の陵墓、国宝でもある玉陵にもサンゴ砂利は敷き詰められています。
なので、「なんでこんな山にサンゴがあるの!?」なんて場所は、神聖な場所とされていたかもしれません。
家を清める為に庭にサンゴ砂利を敷き詰める場合もあったようですがね。

ちなみに、今は海岸からサンゴを持ち帰る事は法律に触れるので、やっちゃダメですよ!!

シルミチュー

さて、ここではシルミチューはアマミキヨが暮らした場所と口承されていますが、一般的にはアマミチュー(アマミキヨ)が女神でシルミチュー(シネリキヨ)が男神と言われており、アマミチュー(アマミキヨ)とシルミチュー(シネリキヨ)が結ばれて子供ができ琉球が繁栄していくってのが沖縄に伝わる琉球開闢の伝説です。
ここも資料によってはアマミチューとシルミチューが“一緒に暮らした場所“がシルミチュー霊場って記載されてたり若干の違いはあります。

個人的には、ここに限らず男神シルミチューの扱いが女神アマミチューより雑な扱いに感じる口承も見受けられますが、元々沖縄は“オナリ神信仰“と言われ「女性は生まれながらに神聖」という考えがあったからなのかなと。
この考え方自体は沖縄のはるか南方の海洋民族にも同じ信仰があるとか。
そこは男性が漁に行ってる間、女性は男性の無事を祈って待つ。って感じで役割分担をしていたと。
沖縄も御願をするのは女性の役目だったりと、なんだか沖縄に通づるものがある気がしますが。


少し話がずれましたが、ここ浜比嘉島のアマミチューとシルミチューは神聖で、島の人たちにとって今でも大事な場所ですので、訪れる際はリスペクトを持って訪れましょう!

オマケ

昔、釣り好きのうちの兄貴が浜比嘉島のアマミチューの墓の近くで夜釣りをしてたら、急に線香の匂いがして、岩場に着物を着たおばあちゃんを見たと言って怖がっていたことがありました。
その時は「はいはい」って聞き流してたんですけど、今考えると場所的にその岩場はこのアマミチューの墓の事なんじゃないかなってふと思いました。

アマミチューの墓に線香をあげに訪れた人を見て勝手に勘違いしてるだけなのか。真夜中だけど(笑)
もしくは、釣りをしていたすぐ後にあるノロ墓に線香あげに来た人を見て勝手に勘違いしてるだけなのか。真夜中だけど(笑)

どちらにせよ、浜比嘉がパワーのある島なのには変わりなさそうですね。

あまり知られていない浜比嘉のパワースポット

そして、アマミチューとシルミチュー以外に、あまり知られていないであろうパワースポットが浜比嘉にはありました。
それは、浜公民館の隣り、鳥居の奥にあるコンクリートで出来た祠。
そこには、地頭代火の神が奉祀されています。



勝連間切は浜集落内に地頭代(今で言う市長や町長、村長のこと)のおえか地(役地)があって、地頭代にあがる人は必ず浜夫地頭(間切の上級役人)を経過する決まりになっていたと言われています。それで、浜地区のみに地頭代火の神が祀られ、現在でも出世の神として住民は拝んでいると言われています。
夫地頭は百姓身分の就任ポストであり、士身分の者が就くことはなかったと言われています。(伊平屋島の例外はあったみたいですが)

なので、身分制度のあった琉球王国時代において、百姓身分の者が出世を願ってここ、浜の地頭火の神を拝んだのが現在でも出世の神として拝まれてる理由なのかな?と、僕は思いました。



ただ、ここはアマミチューとかほど観光地化しているわけではないし、地元の方が今でも大切にしている御願所なので、訪れる際は敬意を持って訪れましょう!

かいたひと
ゴリラ勇介

沖縄で「ゴリラコーポレーション」というコンビで芸人をやっています。
普段は漫才やコント、新聞での執筆活動、ラジオで喋るのも聴くのも好きで、ラジオ沖縄では「people wave α」という番組もやりつつ、タイムテーブルでラジオコンシェルジュを執筆しています。RBCiラジオでも「只今いきものんちゅ」という番組をやっています。

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