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沖縄版「浦島太郎」伝説

浦島太郎と言えば、知ってる人も多い昔話のひとつかと思います。
話の内容を物凄く簡単に言うと

“浦島太郎がいじめられている亀を助けたお礼に、竜宮城へと行きます。
そこで浦島は、乙姫様におもてなしを受けます。
何日か楽しんでいましたが、浦島は村に残してきた両親の事が気になり帰る事にします。
帰り際、乙姫様に玉手箱を貰います。
村に帰ると、浦島の事を知ってる人は誰ひとり居ないぐらい時間が経過していました。
実は、浦島が竜宮城で過ごしたほんの数日は、地上では何百年も経過していたのです。
困った浦島は、乙姫様から貰った玉手箱を開ける事にします。
すると、中から白い煙がたち込め浦島はおじいちゃんになってしまいました“


とまぁ、大体の話の流れはこんな感じ・・ですよね?笑

そしてこの浦島太郎の、沖縄版とも言える伝説が残っている場所がありました。

ウサン嶽(だき)

沖縄本島南部、南風原町与那覇にある“ウサン嶽“に、その伝説が残ります。

どんな伝説かというと・・・

ウサンシー(穏作根子)は気品の高い若者でした。ある日、与那久浜(よなくはま)で、かもじ(女性の髪に添えつける髪)を拾い持ち主を捜していました。現れた持ち主はとても美しいお姫様でした。姫はとても喜んでウサンシーを善人だとほめ竜宮へ招きます。
竜宮では時を立つのも忘れるほど厚いおもてなしを受けました。3ヶ月が過ぎた頃ウサンシーは帰ろうと思い立ちました。竜宮の神は「すでに33代という時間がたっている、ここで楽しんだらよかろう」と止めましたが彼は故郷が忘れがたく帰る事になりました。姫は名残りを惜しんで「この紙包を私と思い持ち帰ってどんな事があっても開けないでください」と手渡しました。
故郷に帰ったウサンシーを知る者はやはりいません。1人寂しく村の前の丘に登って行きました。そして姫からもらった紙包を開けると中には白髪が入っていました。それがウサンシーの体につくとウサンシーは急に老化し死んでしまいました。
ウサンシーはその場所に葬られ、その場所はウサン嶽(だき)と名付けられました。

                                                     南風原町観光サイト



まず登場人物が浦島太郎ではなく「穏作根子(ウサンシー)」という若者です。

そしてよく知る話と大きく違うのが、亀や玉手箱といった浦島太郎の話において印象に残るモノが登場せず、最後は主人公が死んでしまうってハッキリと言い切っている所でしょうか。

んー。確かに浦島太郎に似た話だけど、何かアレンジが過ぎるというか・・・笑。
なので、今度は浦島太郎の方を掘ってみる事にしました。

浦島太郎を掘ってみる



まず、みんながよく知る浦島太郎のお話は、“日本書紀“や“万葉集“、“丹後国風土記“などに登場する「浦島子(うらしまこ)伝説」が元と言われています。
そこから少しずつ内容が変化していき、現在のみんながよく知る浦島太郎の話になっていったようです。

話の変化は、日本書紀や丹後国風土記時代を“初期“として、室町時代の御伽草子に載った話を“中期“、そしてみんながよく知る現在の浦島太郎の話を“後期“と大きく3つに分ける事ができます。

ではそれぞれの時代の話がどんな内容なのか、ざっくりと紹介しましょう。

浦島子伝説(初期)


まず、ここでは主人公が浦島太郎では無く「浦島子」となっています。
ひとり舟に乗り3日3晩釣りをしていたが中々釣れず、やっとの事で霊亀を釣り上げます。
島子が舟で寝ていると、亀がみるみる絶世の美女へと変わり、「私は不死長生の蓬(莱)山の女です。前世から夫婦の約があります」と説き、浦島子を蓬(莱)山へと誘います。

蓬(莱)山で美女と夫婦となり、老いる事なくおもてなしを楽しんだ島子ですが、故郷に残した両親の事が気になり村に帰りたいと願います。
美女(妻)は引き止めますが、その願いも叶わず島子は帰ります。
帰る際、「また会いたいなら絶対に開けないでください」と美女(妻)から玉匣たまくしげ(玉手箱)を渡されます。
村に帰ると、300年の時が流れて島子を知る人は誰ひとりいません。
島子は美女(妻)を恋しく思い約束を忘れて玉匣を開けると、中から煙がたちのぼり、たちまち老化してしまいました。

って感じです。


浦島子伝説では“竜宮城“ではなく“蓬莱“という仙人が住む場所(常世)へ行くという、“不老不死への憧れ“を表した話で、中国の神仙思想の影響を受けていると言われています。

後半は現在の話と大きく違わない感じがしますが、老いを封じ込めたであろう玉匣を開けなければ、永遠に若いままでいられたのにね〜って感じなのかな?

御伽草子(中期)




続いて中期。
ここで、主人公が「浦島太郎」になります。

浦島が磯から釣り上げた亀を「お前は命の長い生き物だから」って事で命を助けて(逃して)あげます。
翌日、舟に乗って釣りをしていた浦島が、小舟で流されている美女を見つます。
その美女は浦島に「故郷に送って欲しい」と頼みます。美女を家まで送ってあげると(舟で)、そこには金や銀でつくられた立派な屋敷があって、「ここは竜宮城です」と告げられ、四季折々の景色を見せ浦島をもてなします。
浦島はその女性と夫婦になり3年の月日が経ちます。

竜宮城で夫婦として幸せに暮らしていた浦島ですが、両親の事が気になり、会いに行きたいと願いでます。
妻は泣く泣く引き止めたが浦島は聞き入れなかったので、妻は「実は私、あの時磯で助けてもらった亀だったんです」という衝撃告白と共に、「絶対に開けないでください」と、形見の美しい箱(玉手箱)を手渡します。

村に帰ると、すっかり荒れ果てた野原になった村。そこにいたおじいさんに話を聞くと、「浦島太郎がいたのは700年も前の話だよ。ほら、あそこが廟所びょうしょ(祖先の霊などを祀る所)」と言われ、浦島は泣く泣く古塚に行き松の木の下で呆然と佇みます。
途方に暮れた浦島は形見の箱を開けてしまいます。すると、中から煙が立ち込め、浦島は鶴になり飛んでいきました。

という感じのお話になっています。

“亀を助ける“エピソードが追加されたり“竜宮城“が登場したり、現在の浦島太郎に近付いてきましたね(笑)
後半も大体同じ流れで、「お、知ってる浦島太郎の話だぁ!」って思った所、最後の最後で“鶴になって“突き放される感が半端ない(笑)

まぁこれは「鶴は千年、亀は万年」で長生きの象徴なので、「浦島子伝説」の“不老不死への憧れ“が残った形なのかな?

現在の浦島太郎(後期)


現在の浦島太郎の話は冒頭で紹介したので割愛しますが、元々「不老不死への憧れ」だった話が、その要素が薄まり「動物の恩返し」的な話に変化。その後、話の軸は残しつつも辻褄を合わせる為だったり、教育上だったりと様々な理由で話は変化していき現在の形になったと言われています。

現在の話は、1900年頃「ウラシマノハナシ」として学校の教科書に載り、また童謡などの後押しもあり一気に全国的に広まる事になります。

本題


浦島太郎の話が時代と共に変化していってるんだなってのは何となくわかりました。
なので、ウサン嶽に伝わる話のように、少し変わった浦島伝説があってもいいですもんね〜。

さて。長くなりましたが、こっからが本題です(笑)



こうなってくると僕が気になるのは、ウサン嶽の伝説は“どの時代の話が伝わったのか?“です
「沖縄版浦島太郎」って言うぐらいなので、きっと浦島太郎の話が元になっているんだろうなぁって想像できるし、じゃあいつの浦島太郎(の話)が沖縄に渡ってきたんだ!って思っちゃうんですよ僕は(笑)

で、こっからはあくまでも僕の個人的な考察で、必ずしも事実とは言えないので悪しからず(笑)


まず共通するワードを挙げてみましょう。

えっと、亀は・・でない。乙姫様も・・でない。でも姫はでる。でも玉手箱はでない。
かろうじて“竜宮“ってワードが出てくるのみ・・(笑)

んー・・・。ただ沖縄で竜宮って言うのは“竜宮神=海の神様“なので、竜宮は“海の神様が居る場所“を指すはず。なので、ここで言う竜宮は御伽草子で言う竜宮城(蓬莱)とイコールとは限らない。
仙人(蓬莱)も竜宮(神様)も似たような感じはするけど、不老不死と崇める存在とで性格はだいぶ異なる感じがするので、ウサン嶽における竜宮は蓬莱とは別物な気がする・・・。

でもウサン嶽の最後、“ひとり寂しく村の前の丘に登っていく“って所が御伽草子を思わせる。


いや、じゃあ今度は名前に注目してみましょう。
「ウサンシー」
沖縄は音に当て字しがちなので、ここでは「穏作根子」と言う漢字はいっかい置いといて、“ウサンシー“という音にスポットを当ててみます。
浦島子を沖縄っぽく言うと、“ウラシマシー“となるはずです(僕の拙いしまくとぅば力ですいません笑)

ウラシマシー、ウラシマシー・・・ウサンシー。。。何となく似てない?(笑)
じゃあ初期の浦島子伝説が伝わった?

でも竜宮ってワードは無視できない(笑)
でも竜宮は中期の御伽草子だし。。。

あー、もう訳が分からなくなってきた!(笑)

無理やり結論付けます!!

ウサン嶽の伝説は、浦島子と御伽草子のどっちの特徴も併せ持ってるので、浦島子の話が御伽草子に変わっていく間ぐらいの時代に伝わってきたの“かも“しれません。(無理やりですいません。力尽きました笑)

おわり

ただ単に“沖縄版浦島太郎かぁ“ってウサン嶽を訪れるより、こういうバックボーンを考察しながらウサン嶽を訪れると、より面白みが増しますもんね。
でもこのウサン嶽の浦島伝説のいちばん面白い所は、沖縄で唯一海のない南風原にこの伝説が伝わってるって事ですかね。

※文章中に誤字脱字があったらすいません。




かいたひと
ゴリラ勇介

沖縄で「ゴリラコーポレーション」というコンビで芸人をやっています。
普段は漫才やコント、新聞での執筆活動、ラジオで喋るのも聴くのも好きで、ラジオ沖縄では「people wave α」という番組もやりつつ、タイムテーブルでラジオコンシェルジュを執筆しています。RBCiラジオでも「只今いきものんちゅ」という番組をやっています。

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