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ホワイトビーチ

勝連半島の先端部にあるアメリカ海軍港湾施設“ホワイトビーチ“
地理的に、ここに用事がないと中々訪れることがない場所で、下手したらここにアメリカ軍施設があることすら知らない人もいると思います。
そして、沖縄出身のアーティスト「HY」が唄ったホワイトビーチがここです。

ホワイトビーチと戦果アギヤー

ここホワイトビーチは、元々は旧日本軍が陸軍戦車部隊の駐屯地として使用していた場所でした。

沖縄戦で沖縄本島に上陸し、うるま市地域一帯をいち早く制圧したアメリカ軍は、旧日本軍の陸軍戦車部隊の駐屯地(現ホワイトビーチ)も制圧。
この時、旧具志川地域でも一気に基地建設に着手します。
その基地は、戦時中や戦後の占領時に必要とする補給物資などを備蓄する為の倉庫群でした。
それらの物資は、整備されたホワイトビーチから陸揚げされて、旧具志川地域につくられた倉庫群に運び込まれました。

戦後、生活基盤を失った沖縄の人々の生活はアメリカ軍からの配給で成り立っていましたが、やがて米軍物資を抜き取る行為が横行。これはホワイトビーチだけに限らず、嘉手納基地など米軍基地のある場所ではその行為があったそうで、その抜き取られた物資は「戦果」と呼ばれ、物資を抜き取る者の事を「戦果アギヤー」と呼びました。


米軍から抜き取る戦果は生活に必要な食料や薬から武器まで様々だったと言われ、生活の為に戦果アギヤーをする者、横流しをして富を得る者、そして武器を奪い武装する者など色々だったそうです。


余談ですが、沖縄と本土のヤ○ザの成り立ちが違うと言われ、沖縄のヤ○ザはどちらかと言うとギャングに近いらしいです。
と言うのも、沖縄のヤ○ザはこの戦果アギヤーを生業にしてた人たちが元になってるからって、とある人が言ってました(笑)
僕には何のことかさっぱりわかりませんので、ふーんって聞き流してください(笑)

さて、話を戻しますが、ホワイトビーチから陸揚げされた物資も例外なく戦果アギヤーたちの標的にされたらしく、ホワイトビーチから陸揚げされた物資は県道8号線をトラックで約10キロ離れた倉庫まで運搬します。その際、輸送中に物資を抜き取られたらしく、県道8号線は「戦果道路」とも呼ばれたそうです。
通常?基地内の倉庫などに忍び込んで物資を盗む行為は聞いたことあったんですが、運搬中のトラックからも盗んでたってのは僕も初耳でした。
なんて大胆なんでしょう(笑)

ちなみに、県道8号線はホワイトビーチのゲート前(平敷屋)から栄野比まで続く道路で、ホワイトビーチを出発した直後は民家も少なく車通りも少ないので、もしかすると戦果アギヤーの人達はこの辺りで待ち構えていた・・のかも。

このホワイトビーチは、戦災や疫病で数が激減したブタをハワイ連合沖縄救済連盟が米本国から輸送された繁殖用のブタが沖縄に陸揚げされたのも、ここ“ホワイトビーチ“でした。
もしかしたらその豚も戦果アギヤーによって何頭かは盗られたかもしれませんね(笑)


基地内の魚は戦果?

昔、でっかいカーエー(アイゴ科の魚)を釣ったおじさんが、計量するって釣具屋に持ち込んでる姿を目撃したんですけど、結構大きかったんで「どこで釣ったんですか?」って聞いたら、「自分パス持っててホワイトビーチの中入れるからそこで釣ったわけさ」って話してました。
もしそれが、沖縄の県記録を更新するぐらいでかいカーエーだった場合、「県記録更新」になるのか、はたまた「外国産だから認めない」ってことになるのか。どっちなんだろ〜なぁなんて思ったんですけど、結果は“記録更新ならず“だったので、どうなるかは謎のままです(笑)

でも、基地内で釣った魚も戦果としてウチナーンチュのものでいいよね〜。



勝連半島は海も綺麗で僕もお気に入りの場所のひとつです。
海岸線沿いを散策してたらこんな綺麗な海にも出会いました。

もう行き方忘れちゃったけど、確か畑の中を迷ってたらいつの間にか着きました。
皆さんも道に迷うついでに、楽園を探してみては?

手付かずの自然って感じで良き風景でした。

かいたひと
ゴリラ勇介

沖縄で「ゴリラコーポレーション」というコンビで芸人をやっています。
普段は漫才やコント、新聞での執筆活動、ラジオで喋るのも聴くのも好きで、ラジオ沖縄では「people wave α」という番組もやりつつ、タイムテーブルでラジオコンシェルジュを執筆しています。RBCiラジオでも「只今いきものんちゅ」という番組をやっています。

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