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コザの散策

コザの街を散策していると面白い建物を見つけました。
「沖縄市戦後文化資料展示館 ヒストリート」
戦中、戦後のコザの歴史が資料や年表、写真で知ることができる展示館で、実際に当時使ってた物なども展示されていました。
しかも、入場無料!(気軽に入れる)
戦中、戦後の話を調べるとき、全体を調べるとどうしても似たような話になりがちだけど、こうやって地域に特化した話を調べると、同じ戦中、戦後でも違う話が発見できて面白いです。
もちろん大まかな流れは同じなんですけど、そこに行くまでの流れが細かく明記されてたり、何処に焦点を当ててるのかでも話が違って見えますからね。

例えば、琉球の歴史でも、中城の護佐丸が“忠臣“で勝連の阿麻和利が“悪人“と書かれがちですが、「おもろさうし」には阿麻和利を英雄として讃える歌も残ってるし、地元勝連では“英雄“として伝承されてる事が多いですし。

ヒストリート


早速中に入ってみました。
中はそんなに広いって訳では無いんですが、所狭しと色んな展示物があって何処から手を(目を)つけていいかわからない状態。
とりあえず隅から隅まで見て回りましたが、結局2周しました。

戦後のコザの街、収容所の話だったりAサインバーの話、コザ市から沖縄市になった時の市名募集の話だったりと面白かったです。
「沖縄市」になる際に新市名を募集したところ1番多かったのが「コザ市」だったとか、なかには「尚巴市」って名前もあったりとか。
そのあたりはここでも書いてますので良ければどうぞ→コザという街/コザ誕生

写真がNGという事だったので写真はないですが、すごく面白かったです。

コザ十字路

続いては、コザ十字路にある壁画。

前みた時と壁画が変わってる様な・・・

琉球時代から戦後の沖縄が分かる様な分からない様な、すごくチャンプルーな壁画(笑)
でもすごく目立つのでここを通ると目をひきます。

壁画の前には壁画の説明?的なものもありました。

「沖縄のチャップリン」と呼ばれた男、“小那覇舞天“
もはや伝説の存在で、戦後失意のどん底にいた沖縄の人に笑いを届けたという。
実は舞天に関する資料があまり残ってなく、謎が多い人物なんです。色んな人の話に登場したりしますが、どれもかなり“盛った“様な話が多い気がします(笑)
ただ、色んな人に影響を与えたのは間違いないのかなと思います。

僕の好きな舞天の話のひとつに、戦後「レディーファーストの社会にならなければ良い社会とは言えない」という話を色んな知人にしてたと言いますが、これはアメリカ占領時代にアメリカから学んだのか刷り込まれたのかは知りませんが、当時の価値観からすると相当な価値観の違いだろうし、あの時代にその変化を受け入れるのは凄いなと。
これが盛られた話かどうかはさておき、何処かのトップだった人に聞かせたい※タイムリーな話だなと(笑)
※2021年2月11日現在


飛び安里

左の方に載ってる「飛び安里」
これは南風原では結構有名な話で舞台になってたりもしますが、沖縄市でも飛び安里の話がありました。
南風原の方にある飛び安里の話はまだ調べてないので詳しく分かりませんが、どうやらこの沖縄市の飛び安里と同一人物の様です。
どういうことだ?と思って少し調べると、どうやら
「南風原の津嘉山から飛び立った」って説と、沖縄市古謝の「津嘉山森から泡瀬の海に飛び立った」とされる2つの説が確認できました。


なるほど、興味深いぞ。


ちなみに、沖縄市の越来には生家跡なるものもありました。


現在飛び安里の子孫はハワイにいるとの事でここは別の方が住んでおり現在は整骨院になってました。
きっとここで施術された人は飛ぶように体が軽くなるんだろうなー。


※後ろに写ってる建物ではないです

ついでに、古謝の津嘉山森であろう場所にも行ってみました。

確かに高台になってて海風を受けるにはもってこいの場所なのかなって印象。
ただ、ここの山に入ろうとしたけど私有地っぽくて断念。
辺りに飛び安里の飛行場所を示すものは何もなかったので、あくまでここではないかっていう僕の推測ですが。
そしてここから泡瀬の海方面を見ると、この高さなら確かに飛べそう。
でも命知らずじゃないと無理だなー。

手前に見える木々の奥に広がる住宅群は当時きっと海だったはずなので、地面に墜落するよりは海の方がいくらかは安心だったんでしょう。
が、しかし!泡瀬は遠浅の海が広がってる地域なので、すごく浅っさいの。
いくら海面といえどもこの高さから落ちれば大怪我は避けられないぞ(笑)

うん。ますます飛び安里に興味が湧いてきた。

別にどちらが正しいとか言うつもりはないけど、調べると面白そうだ。

生家跡の写真を撮ってる時、現在の家の方に「話聞く?」って言われて「また今度に」って断ったんだけど、今更ながら後悔。
人の好意は素直に受け取っておくべきですね(笑)


まとめ

調べれば調べるほど面白い“コザ“
首里城の様に上品さはないけど(ごめんなさい笑)、すごく親しみやすい街です。
今でも“中部の人間っぽい“って言われる人は、どこか親しみやすさを感じる人が多い気がします。

僕ですか?
ルーツ(親父)は中城で浦添生まれの宜野湾育ち、そして沖縄市在住なんですけど、僕はいったい何処の人間でしょうか?(笑)

かいたひと
ゴリラ勇介

沖縄で「ゴリラコーポレーション」というコンビで芸人をやっています。
普段は漫才やコント、新聞での執筆活動、ラジオで喋るのも聴くのも好きで、ラジオ沖縄では「people wave α」という番組もやりつつ、タイムテーブルでラジオコンシェルジュを執筆しています。RBCiラジオでも「只今いきものんちゅ」という番組をやっています。

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