はごろも伝説

沖縄本島中部、宜野湾市に伝わる伝説といえば天女のお話、「はごろも伝説」が有名です。
なので宜野湾には「はごろも伝説」に因んだ“モノ“が沢山あります。
「はごろも祭り」や「はごろも小学校」、沖縄自動車道にあるココから宜野湾に入りましたよ〜って案内する看板にもはごろもを着た天女が描かれてます。
そんな「はごろも伝説」とはどんなお話なんでしょうか。
はごろも伝説が伝わる森川公園に行ってみました。

はごろも伝説

ある日、奥間大親(おくまうふや)という若者が畑仕事の帰り、宜野湾にある森の川で手足を洗っていると泉のそばの木にかかった美しい着物を見つけました。
奥間大親は「こんな立派な着物を着る人がこの辺にいるわけがない」と不思議がり、家宝にしようと懐に仕舞い込みました。
泉の奥ではこの世の人とは思えない美しい女が水浴びをしていました。
女が泉からあがり着物がなく困っている所を奥間大親が「困っているなら、私の家はすぐそこだから、家に行って芭蕉着物を貸してあげよう」と、森の川のすぐそばにある自分の家に連れて行き着物を貸してあげました。
それが縁で夫婦となり、娘と息子をもうけて幸せに暮らしていました。


ある日、泣いている弟をあやそうと姉が「あんまり泣くと蔵にある綺麗な着物を見せてあげないよ〜、へいよ〜へいよ〜 泣くなよ 泣くな」とあやしていたそうです。
すると、それを聞いた女は「私の羽衣は蔵に隠されていたんだ」と知り、蔵の中の着物をつけて天に帰っていったそうです。


ここまでは結構みんな知ってると思いますが、実ははごろも伝説には続きがあります。

羽衣伝説・・そして伝説へ

その後、残された息子が川で魚を釣ったり山で鳥をとったりして遊んでいる時、勝連城の王女が婿を探しているとの噂を聞き、粗末な芭蕉着物で城へと出かけました。
城に着くなり門番に「お前の様な身なりのやつが婿に選ばれるわけがない、帰れ!」と門前ばらい。
しかし、その様子を見ていた王女が、「どういう事情のお方かもわからないのに、中に入れてさしあげなさい!」と言いつけ、城の中に入ることが出来ます。
中に入ると、城の按司と妃に「まさかこんなみすぼらしいなりの男の妻になるつもりか!」と言われました。
しかし王女は「この方は徳のある人です。私はこの方と結婚します」と両親の反対をよそに結婚。

妃は大変な貧乏者と結婚する娘を不憫に思い、城を出る際黄金をひとつ入れた米俵を持たせました。
その頃、勝連と泡瀬は船で行き来していました。勝連からの帰り道、船に揺られていると、鳥が泣き叫んでうるさかったので、男は米俵から黄金を取り出し鳥に投げつけました。
すると王女が「なんて事を!鳥を追い払うためとはいえ大切な黄金を!」と言うと男は「お前こそどうしたんだ?こんな石なら沢山あるよ。屋敷中こんな石だらけだよ」と答え王女をビックリさせました。

大謝名の屋敷に着くと、そこは大謝名の黄金庭という所で屋敷の周辺は黄金だらけでした。
当時大謝名の南は海だったので屋敷のすぐそばまで船が入ってきていました。
男は船に乗ってやってくる大和人が持ってる鉄と黄金を交換し、カンジャーガマという鍛治に適した洞窟でクワやヘラを作り百姓たちに配りました。
また、着物や食べ物も与えて人々から慕われ、察度王になりました。

察度王は琉球王国になる前の琉球(北山、中山、南山に分かれていた三山時代)の中山の初代王様と言われています。


はごろも伝説をネタに

と、これがはごろも伝説です。
僕は宜野湾出身なので、何か地元のネタをやりたいなぁと考えてた時に、このはごろも伝説の事を思い出し、「そうだ!はごろも伝説をネタにしよう!」という事で、はごろも伝説を元にコントを作ったことがあります。
出来上がったコントは、「下着泥棒のコント」でした。

偶然目撃した美しい女に一目惚れした男が、好きすぎて部屋に忍び込み、女がお風呂に入ってる隙に下着を盗みながらも結婚を申し込むという“ラブクライム物語“

ぜんっぜんウケなかった(笑)


森川公園

はごろも伝説が残る森の川は宜野湾市にある「森川公園」として存在しています。

実はこの森川公園にははごろも伝説の他に、怖い都市伝説もあります。
それはまたの機会に紹介しまーす!

かいたひと
ゴリラ勇介

沖縄で「ゴリラコーポレーション」というコンビで芸人をやっています。
普段は漫才やコント、新聞での執筆活動、ラジオで喋るのも聴くのも好きで、ラジオ沖縄では「people wave α」という番組もやりつつ、タイムテーブルでラジオコンシェルジュを執筆しています。RBCiラジオでも「只今いきものんちゅ」という番組をやっています。

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